<事例>

 新潟株式会社では、毎週月曜日の朝に朝礼を行う決まりになっていた。新潟株式会社の従業員の越後さんは、ある月曜日の朝、寝坊してしまい、朝礼に5分遅刻した。その後、越後さんは、人事部長に呼び出され、「大事な朝礼に遅刻するヤツは、我が社にはいらない。今日限りで、クビだ!明日から会社に来るな!!」と言われた。

 経営者にとって、従業員の雇用の開始と終了は、とても悩ましい問題です。ともに多大なコスト(お金、時間と労力)が掛かります。しかし、雇用関係の終了については、適切な対応をすることで、トラブルの発生を未然に防げますし、トラブルになってもコストを少なくすることができまるのです。
 今回は、雇用関係の終了のうち解雇の基本的な事項について確認してみたいと思います。

1 民法の定め

 民法は、期間の定めのない雇用契約について、2週間の予告期間をおけば、いつでも解約できる旨を定めています(627条1項)。つまり、使用者には、「解雇の自由」があるのが原則です。
 この点から、<事例>の解雇は有効かも。。。
 いや、結論を出すのは早計です。

2 解雇に対する規制(実体面)

 民法が定める使用者の「解雇の自由」の原則に対しては、以下のとおり、多くの制限があるのです。
(1)法令による制限
 労働分野では、多くの特別法が定められており、使用者の「解雇の自由」は制限されています。その全てを列挙することはできませんが、
① 差別的な解雇を禁止するもの
② 法律上の権利行使を理由とする解雇を禁止するもの
の2つの類型に分けることができます。

(2)就業規則・労働契約による制限
 就業規則には解雇事由が記載されていると思います。この点について、日本の裁判所は、就業規則に列挙されている事由は限定列挙と判断することが多いため、会社の実情に照らしてなるべく詳細に記載することが望ましいと考えます。

(3)判例による規制 – 解雇権濫用法理
 一番重要なのが、判例による規制です。
 判例は、以下の①と②の両方の要件を満たさない解雇は無効としています。
① 客観的に合理的な理由があること
  A 労働者の労働能力や適格性の低下・喪失
  B 労働者の義務違反や規律違反行為
  C 経営上の必要性
② 社会通念上相当であると認められること
 日本の裁判所は、②社会的相当性については、かなり厳しく判断しています。労働者側に有利な事情を考慮したり、解雇以外の手段による対処を求めたりすることが多いのです。

3 解雇に対する規制(手続面)

(1)解雇予告
民法の原則に対する制限は、手続面でも存在します。まず、民法は2週間の予告期間としていますが、労働基準法は予告期間を30日間に延長しています。
 したがって、使用者が解雇をするためには、少なくとも30日前に労働者に予告するか、30日分以上の平均賃金(予告手当)を支払わなければなりません(労働基準法20条1項)。この予告日数は、1日分の平均賃金を支払った日数だけ短縮できます(同条2項)。
 なお、①天災事変その他やむをえない事由により事業の継続が不可能となった場合、および、②労働者の責めに帰すべき事由に基づいて解雇する場合は、予告なく即時に解雇することも可能です(同条1項ただし書き)。

(2)解雇の時期的制限
 また、労働者が一定の事由に該当する場合は、解雇することができない期間が発生します。労働基準法19条は、以下の2つの解雇制限を定めています。
① 労働者が業務上の負傷や疾病による療養のために休業する期間とその後の30日間
② 産前産後休業の期間とその後の30日
 ただし、使用者が打切補償を行った場合や天災事変等が原因で事業の継続が困難となった場合は、この解雇制限は適用されません。

4 <事例>に対する結論

 これらをもとに<事例>の解雇について考えてみましょう。
 まず、解雇権濫用法理に照らすと、本件の解雇は、①客観的に合理的な理由はなく、かつ、②社会通念上相当とも認められない違法な解雇と考えられます。
 また、本件解雇は、即時解雇を行なっていますが、遅刻を1回しただけでは、悪質な非違行為ということはできず、即時解雇の「労働者の責に帰すべき事由」の要件も満たしません。
 したがって、本件解雇は、違法な解雇であり、無効になる可能性が高いです。
 解雇が無効と判断された場合、新潟株式会社と越後さんとの雇用関係は継続します。したがって、例え越後さんが、この事件後に勤務していなかったとしても、新潟株式会社は、越後さんに対し、賃金を支払わなければなりません。また、新潟株式会社と越後さんが、越後さんが退職するという形で和解を結んだとしても、新潟株式会社は越後さんに対し、多額の解決金を支払う必要があると思われます。

5 <事例>に対するもう一つの結論

 ここまで、<事例>をもとに、法律的な観点から導かれる結論を確認しました。しかし、これはトラブルになってから、有効な対策をせずに労使関係がこじれてしまった場合の結論とも言えます。
 トラブルは、初動対応が重要です。
 この<事例>については、人事部長の不用意かつ一方的な言動がトラブルの原因になっています。新潟株式会社のトップがこの事件を知った場合、まずは越後さん及び人事部長の言い分を確認する必要があります。両者の意見を聴取し、越後さん、場合によっては人事部長に対する指導と監督を行なっていくべきです。
 もし、越後さんが職務に怠慢なようであれば、教育を実施していくべきですし、それでも改善がみられないようであれば、懲戒権及び解雇権の行使も視野に入れて対応を検討するべきです。この場合、新潟株式会社の経営者は、自社の就業規則などを見直して、どのような事情があれば解雇できるかを確認する必要がありますし、社会通念上相当な解雇を行なっていく必要があります。
 そのためには、実務経験が豊富な弁護士や社会保険労務士と顧問契約を結んで、会社の状況に沿ったアドバイスを受けるのが望ましいと思われます。
 特に、「弁護士は高いから、何かトラブルが起きてから相談すれば良い」と考えていると、かえって高いコストを支払うことになると思われます。